窓を開けると、大きな魚がゆらりと泳いでいた。
鱗が落ちそうなほど大きな目と目が合ったような気もするけれど、
毎朝のことだから魚もいつもどおりの巡回ルートに戻っていく。
今は10時くらいだろうか。
窓の向こうに広がった海の向こう側では、太陽が輝いている。
しばらく時計がない生活をしているので、
時間は毎日カンで決めていた。
「寒みぃな」
たぶん、ここに来たのは夏だったはずだが、
床に素足を触れさせるのは躊躇われるほどの寒さで、
つま先を丸めて台所に向かう。
台所の椅子に掛けていた厚手のカーディガンを羽織ると、
ポケットではメモ紙とペンが転がり出てきた。
「これ以上寒くなったら困るな」
ここにきてから時間を測る習慣もなければ、カレンダーもない。
日数だけでも数えておけばよかったかと後悔したが、
もうすでに何日経ったかは定かではない。
「まぁなんか出所を待つ囚人みたいでいやだしな」
ずっとひとりぼっちだと独り言が多くなって困る。
温かいものでも飲もうとケトルに火を掛けて手をかざすと、
部屋が温まっていくのと同時に、そんな気持ちも癒されていく。
空調が利いた部屋の快適さも捨てがたいものだが、
凍えた手を火で温めると芯から温まる気がするのも、
心地の良さがある。
とりあえず温かいものを飲みたいとおもって、
お湯を沸かしたものの、何を淹れるか決めていなかったことを思い出す。
ダークオレンジのケトルから湯気が出始めたところで、
火を止めて、とりあえずいつもどおりコーヒーを淹れた。
キッチンの窓の向こうにも、見渡す限りの海が広がっている。
と言っても海岸沿いのおしゃれな家なわけではない。
窓の向こうがそのまま海につながっているのだ。
この家の半分は海に包まれていて、
窓を開ければ水族館のようにきらびやかな魚が陽光を浴びて
躍るように泳いでいる姿を見ることができる。
どうして自分がこんな世界に来たかは分からない。
分かることは、ただこの不思議な世界の浜辺に一人、
冬が始まりそうなこの海にいることだけだ。