いちこの週刊爆心地

「遅いな~、王子様。8年早く着きすぎちゃったかな~?」

『プリキュアの敵になった大人(ぼく)たちへ』 Engage.03 「『夢』と『絶望』は表裏一体」

さて、もう1人。

プリンセスプリキュアを語る上で大切な人がいます。

トワと思った方にはごめんなさい。

カナタでもないのです。

 

プリンセスプリキュアのラスボスである、クローズです。

最終話ではなぜ、ディスピアではなくクローズと戦うことになったのでしょう?

突然のことにびっくりした人も多い気がします。

それがプリンセスプリキュアの本当に私がよくできてるなと思った部分です。

 

プリンセスプリキュア

プリキュアが「夢」

ディスダークが「絶望」

の対立を描いた作品です。

 

作品の流れを追っていくと、

ディスダークたちは色んな方法で

夢を絶望させ、諦めさせようとしてきます。

 

最初の頃こそ、

「主人公は夢を守る→相手方は絶望させる」

という単純な構造ですが、

 

次の段階になると、

「そもそも夢は叶わないのだから絶望」

それへの反論として

「夢は努力で叶えられる」を打ち砕くための

「努力したって叶うとは限らないから絶望」と

夢に関するさまざまなパターンの絶望を提示し、

諦めさせようとしてきます。

 

そして、プリキュアが打ち出した完璧とも思われる

夢に対しての考え方である

「叶わないときもあるし、変わるときもある、

 でも何度でも新しく造ることも出来る」

 

ディスダークの一人である、クローズはこう反論します。

 

夢は辛いよな、だって夢があればあるほど、辛い努力して

それでも叶わないって何度も思うんだから、

そのたびお前は絶望するだろう

だから、夢があるかぎり、絶望はなくならない

 

そして、プリキュアの反論は以下のものとなっており、

この流れは最終話の名シーンなのですが、

本当によくできた応酬だと感じるのです。

 

そうだね、絶望は無くならない。

楽しいことや嬉しいことが、辛いことと表裏一体なように

夢と絶望もウラオモテの関係なんだね。

夢も絶望もその両方が私を育ててくれた。

夢は絶望を含んでいるのかもしれない。

だって夢を追いかけるたび訪れる絶望は私を強くしてくれるから。

何度だって作りなおせるし、何度だって立ち上がることが出来る。

でも、夢も無くならない。

だから、絶望は無くならない。

 

そして、最後には、

 

「そうだ。これからも現れ続けるぜ。」

「乗り越えていくよ。時々は負けちゃう事だってあるけど。何度だって前を向ける。

 だって、私たちには」

「……夢があるから」

「夢だって、消せないよ。絶望がある限り、夢だって輝き続ける、

 いつまでも」

「……強く、優しく、美しく……か。消えてやるよ、今は、な」

 

 

 それを受けて、

「またな」

ごきげんよう

そう言って滅ぼすでも倒すでもなく、

ストーリー上の悪と設定された敵である

ディスダークと折り合いをつけたのです。

 

 ここからが本題です。

私が最後に言いたいのは、

クローズの「夢」についてです。

 

夢を守るプリンセスプリキュアの敵だから、

クローズには夢がないのが当たり前です。

 

それが、ふつうなら。

 

それであれば、プリンセスプリキュアはクローズを倒しておしまいです。

でも、はるかはクローズを倒そうとしなかった。

それは、どうしてでしょうか?

 

人々を絶望させる能力があると同時に、

そう、クローズにも夢があるんです。

 

人々を絶望させるという大きな夢があるんです。

 

プリキュアと一緒ですよね?

 

クローズは夢を持った人間を絶望させたいということが

自分の「夢」だと気付いてしまいます。

 

なぜなら自分も「絶望させたいという夢」を

プリキュアに邪魔されて「絶望」し、

そのたび努力して強くなるもプリキュアに邪魔されるという

プリキュアと同じ構図を歩んでいることが分かるからです。

 

「夢」と「絶望」は表裏一体。

「夢」は「努力」を肯定し、

「夢」は自分を強くしてくれる。

 

クローズ自身が気付いてしまうのです。

特にその気持ちを胸に手を当てられて

気付いたのかもしれません。

 

これをそのまま、明確に言えば、クローズは存在意義すら揺らいでしまいます。

それは、はるかが求めていた

「クローズとの話し合い」というカタチでもなくなってしまいます。

 

逆に言えば、はるかたちも「絶望」しなければ成長できなくなるのですから、

はるかたちにとっても「絶望」は必要なわけです。

 

だからこそ、

「またな」「ごきげんよう」になるのではないか。

敵を滅ぼさない、という結論になるのだと考えました。

 

そして、

最後の口上が変わります。

OPでは「強く優しく美しく真のプリンセスを目指す4人の物語」

となっていたところが、

「これははるかかなたへ走り続ける少女達の物語。」に変わります。

 

これは走り続けるかぎり夢は終わらないことを示唆しています。

諦めなければ絶望が襲ってきても大丈夫です。

 

 

「プリンセスなんてなれるわけないだろ」

作中では何度も匂わされるこのワードですが、

いつの間にか、はるかたちを応援している間に、

「なんでそんなこと言うんだ」という気持ちになっていきます。

 

これが、このアニメのひとつの狙いだったのかなあ、と

私は思います。

 

だって、一生懸命努力してるんだもん。

 

それは誰もが思い描くプリンセスではないかもしれない。

 

でも、それでもいいのです。

プリンセスは夢の代名詞。

 

自分のなりたいものは自分で決めることができる、

その夢を、努力を何人たりともあざ笑うことはできない。

 

絶望に押しつぶされそうになっても、

諦めないかぎり、あなたは大丈夫。

 

そんなメッセージが

「プリンセスになんかなれるわけないだろ」

そういって他人と自分を絶望の檻に囚われている

プリキュアの敵になってしまいそうな大人に向けられていたのかな。